これまでの海外生活で、意外と苦労したのが正しくファーストネームを覚えてもらう、ということだ。我々日本人には、外国人でも発音しやすいようにつける愛称、俗に言うイングリッシュネームがない。「ジョージ」や「ケン」、「リサ」、「メグ」など、外国でも通用するハイブリッドな名前というものはあるが、イングリッシュネームとはやや概念が異なる。私の名前は「さやか」で、英語話者には特に発音しにくい音もなさそうなものだが、意外と覚えにくいらしいのだ。特に、シンガポールとかマレー系の方々。シンガポールで働いている時、私はよく「サヤキ」と呼ばれた。ある記者会見の場で主催者から「今日は日本のメディアも取材に来ています、サヤキ・ナガシマ!」と大々的に紹介されたときには、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。

これを聞いた日本人はおおむね「サヤ」まで合ってて、なんで「キ」が来るんだよ、と思うだろう。我々の感覚からすれば3文字の名前で「さや」とくれば、「さやか」か「さやこ」。「さやお」「さやや」「さやな」というのもあるかもしれないが、まぁバリエーションとしてはせいぜい10種類くらいだろう。しかし、海外の方にとってみれば「さや」のあとに「さすがにその音はこないよね」という日本人の暗黙知というべきものはないので、何の音だって入りうる。「さやご」「さやせ」「さやぢ」……可能性は無限だ。

もしくは前述のケースにおいては、「〜ヤカ」より「〜ヤキ」という音のほうが彼らにとって親しみがあったということも考えられる。例えばすでに「マヤカ」という慣れ親しんだ単語があって、それに引きずられてしまったのかもしれない。我々も「マナイテさん」という外国の方と知り合った場合、「まな板」の響きに引きずられ「こんにちは、マナイタさん!」と呼びかけてしまう可能性がないとは言い切れない。

ニュージーランドで語学学校に通っていた際、アジア系のクラスメートはほぼイングリッシュネームを持っていて、お国柄だよなぁと感じた。皆それぞれ、思い思いのイングリッシュネームをつけていて、中には「庭芳」さんが「ティファニー」のように名前の音にちなんだものもあれば、本名とは全く関係なく「俺のことアンディって呼んでよ」的なツワモノもいた。私は何となく、自分の名前にちなんだイングリッシュネームがいいと思っていたけれど、「さやか」に音が似ているイングリッシュネームがなかなか見つからず、断念した。現在はひとまず「サヤ」と縮めることで簡便さに配慮している。

ちなみに、インドネシア語で「saya」 は「私」という意味になる。そのため、インドネシア語話者に「I am Saya」といった場合には、「私は私」という意味になり、なんだかデカルト的哲学者感、もしくはゲスを極めた乙女感がにじみ出てしまうのであった。以前、シンガポールに住んでいた際、家の近くのマッサージ店の受付スタッフがたまたまインドネシア人男性だった。そこで予約の際に「I am Saya」と名乗ったところ、「え!? キミの名前はサヤっていうの!? サヤ……本当に?サヤ?サヤ!?」と、大変楽しそうに盛り上がっておられた。私も調子に乗って「そう。サヤ、サヤ」と返したところ、もうこれでもかというくらいウケてくれて嬉しかった。名乗っただけでこんなに喜んでもらえるなんて、本当にありがたいことだ。今の状況が落ち着いたらインドネシアに足を運びたい。そして、心ゆくまで鉄板ネタの「サヤ・サヤ」を現地の方に披露したいと思っている。

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