とんでもなく大きなタコをこれから茹でる、と伯父が言うので、物珍しさもあって現場を見に行った。半年以上も前に釣った大きなタコを冷凍保存していたらしい。「頭なんて人間の頭くらいあるぞ」と言われて、「いや、もうそれ別の何かじゃん」と思っていたけれど、見てみたら実際、とんでもなく大きなタコだった。

家で一番大きな鍋を出したけれど、それでも水を入れるとギリギリの大きさ。加えて、タコは茹でると足が丸まるという特性をもつため、このままの状態で茹でてしまうと、火が通るにつれて体が立ち上がって水面から頭が出てしまうとのこと。煮えたぎる湯からジョーズのごとく、徐々に立ち上がる真っ赤な巨大タコ。もはやホラーだ。

正月早々、そんなホラーな事態に遭遇するのは御免なので、伯父と話し合った結果、足を切り離して別々に茹でるという作戦にまとまった。そうと決まれば話は早い。伯父が切れ味のいいナイフでタコの足を1本ずつ切り離していく。さすがに巨大ダコだけあって、足の1本1本だって太い。正直、これまで見たことのないレベルだ。伯父の手元を見ながら「これ、お刺身にしたら何人分になるんだろう……?」なんてことをぼんやり考えていたら、太い足のなかに、1本だけ細い足があることに気づいた。

3Lサイズ群の中に、1本だけMサイズの足。それはまさに異形。完全にサイズ感がおかしいのだ。うーん、これはどういうことだろう?奇形とかそういうことかしらん?と訝しむ私に、伯父はサクっと「これ、腹減って自分で食っちゃったんだよ」。え!? 自分の足を、自分で食べる!? タコってそういうことするの!? 生存本能ったって、そんなことある?てか、海の中ってそんな極限な状況にあるわけ?そもそもタコって何食べてるの?しかも足食べちゃっても、けっこう忠実に再生するもんなの?

数々の疑問が過り「え、そうなの……?」と狼狽を隠せない私に、伯父は「自分で食っちゃうんだよ。タコはバカだから」と追い打ちをかける。いや、そんなはっきりバカって言われても、タコも立場がないだろうし、バカったって、自分で自分の足を食べるって相当だよ?何ならバカのくくりでは言い表せないのでは……?そんなことを考えて何とも煮え切らない表情の私に、伯父は「タコは一度、針から外れても、同じ針にまた喰い付くんだよ、バカだから」という情報も追加してくれた。

そうか……。タコはバカだったのか。自分の足を食べちゃうのも、同じ針に喰い付いちゃうのも、バカだからなのか。そういえば、人に罵声を浴びせる際に「何やってんだ、このタコ!」というセリフがあるではないか。間違っても「このイカ!」「このホヤ!」とは言わない。いくら同じ軟体動物であってもだ。ということは、タコが人を罵倒するにふさわしい”バカ”という特性を持っていることは、はるか昔から社会通念として浸透していたということか。

さらに伯父は、「こいつらはカニを喰うんだよ。獰猛なんだよ」とも教えてくれた。小さいカニなの?と聞いたところ、「これくらいだな」という伯父の手の素振りからは、まあまあな大きさであることが伝わってきた。確かに、その大きさのカニを食べちゃうなんて、それはかなり獰猛だ。考えてみれば目も怖い。何たってお腹が空いて自分の足も食べちゃうんだから、これを獰猛と言わずしてなんと言おうか。

しかし、バカなのだ。獰猛だけど、バカ。どういうキャラ設定なんだ、タコは。ウツボは「海のギャング」。だけど、タコは「海にいる獰猛なバカ」。これってあまりにもじゃないだろうか。今後、私はタコの寿司、酢だこ、たこ焼きなどを見るたびに、このキャラ設定を思い出して複雑な気持ちになるだろう。まったく、人はどのタイミングで知識のアップデートを図られるかわからない。新年だからって、油断は禁物である。

 

茹でられる獰猛な軟体動物。

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