「これはタナカっていうのよ」と彼女は教えてくれた。2015年。ミャンマー・パガン。その時、私は年末年始の休暇を利用してミャンマーを訪れていた。

その日の朝、私は観光前にホテルを出て、ぶらぶらとホテル周辺を散歩していた。中途半端にコンクリートで舗装された道路。車が通るたびに上がる土煙。私がいてもいなくても、ここで営まれている日常をつぶさに観察する。すると、年の頃にして17歳くらいだろうか。健康的な褐色の肌にくりくりと大きな目が印象的な女の子が私に話しかけてきた。「今日はどこに行くの?バイクをレンタルしない?」。観光地ではよくある客引きなのだが、あまりに屈託のない笑顔に、つい足を止めてしまった。

そんな私に「脈アリ」と思ったのか、「馬車で遺跡を回るのはどう?」と続ける彼女。だが、私は彼女の顔に釘付けになっていた。正確には、彼女の両頬に塗られた白い泥のようなものに。私は彼女のフランクな雰囲気に押されるように「それは何?」と尋ねてみた。すると、話の流れとは全く関係ない質問にも関わらず、彼女はにこやかに「これはタナカっていうのよ」と教えてくれた。

タナカ?即座に私の脳裏に「田中」という漢字が浮かんだが、いやいや、そんなはずはない。彼女の話によると、日焼け止めのようなものであるらしい。「原料は何?」と聞くと、「木と水を混ぜて作るのよ」と言う。木と水を混ぜる?一体どうやって??なんとも要領を得ない顔をしていたであろう私に、彼女はさらりと言った。「見せてあげる。家においでよ」。

さあバイクの後ろに乗って、と促す彼女。いや、家について行くって、そもそも、家はどこにあるのだろう?「ここから遠い?」「すぐそこ」。いや、うーん、しかし。家といっても彼女がそこに向かう保証はないわけで、このままどこか遠くに連れて行かれるかもしれない。よしんば家についたところで、怖い人がたくさんいるかもしれない。やめる理由はいくらでもあった。しかし、しかしだ。パガンに暮らす人の家を見せてもらえるチャンスなんて、そうそうない。うーむ。好奇心が勝った私は、観念して彼女のバイクの後ろにまたがった。

2人乗りでゆっくりと走り出すバイク。思ったより速度は出ていない。この速度なら……いける。いざとなったら飛び降りて逃げよう。そうだ、元の場所に戻る道も覚えておかなければ……!坂を下って、2つ目の角を右に曲がって……。自分から話に乗ったくせに、警戒心はMAX。「ああ、やっぱりやめておけばよかったかも。何かあったらどうしよう……」と不安な気持ちが足元から這い上がってきた矢先、「ここよ」と声がかかり、あっけなく彼女の家に到着した。(続く)

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です