伯父が明日、白内障の手術を受けることになった。いつもはスクーターで元気に移動している伯父だが、片目とはいえ術後にスクーターに乗るのは流石にね、ということで、私が駅まで送迎することになった。

目の手術で盲点なのは「手術の様子がすべて見えてしまう」ということだと思う。私も社会人1、2年目だったか、黒目と白目の境目にできものができたことがあった。ふと鏡を見てそれに気づいた私は「ええっ!!? これなに!???」と焦りに焦り、会社帰りに手近な眼科に駆け込んだのだった。

「何か悪いできものだったらどうしよう……」と十八番の心配性を発動した私であったが、先生は診察するなり、「あ、これは大丈夫ですね」と特に気にする代物ではないと話してくれた(脂肪の塊だったかな?)。さらには「すぐ取れちゃうので、やっちゃいましょうか」と、めちゃくちゃライトなノリで、できものの除去を提案してくれたのであった。

1日中、そのできものについてあれこれ気にしていた私は、できることならスッキリした状態で帰りたいと思い「じゃあ、お願いします」と二つ返事で快諾。そのまま治療椅子に案内された。そして、目薬状の麻酔をし、先生が私の目にまぶたを閉じないよう器具を装着し、ナイフを片手に「じゃあ、いきますね」とスタート宣言した段階で気づいたのである。「あっ。目の処置って、全部見えたままなんだ」と。

例えば注射、例えば手足の外傷処置などは、自分が「見たくない」と思えば目を背ける、目をつぶるなどの自衛策がとれる。しかし、目の処置は「目そのもの」を扱うから、麻酔でもかけない限り否が応でもその様子を目に焼き付ける羽目になる。よく考えれば当たり前のことなのだが、当たり前すぎるからこそ、自分がその立場になるまで分からない。まさに盲点だ。

「うわ、そっか、これ、見えたままなんだ」と内心焦りまくりの私をよそに、先生はもう完全にプロフェッショナルモード。真剣な眼差しで私の顔を覗き込み、除去するための器具を近づけてくる。「わわ、本当に始まった、え?そんな尖った?ナイフのようなアレで?そうだよね取り除くんだも、うおーう、これもう着地して、うわーい先生めっちゃ覗き込んでうおわわ…」。

さまざまな思いが縦横無尽に飛び交うなか、先生はテキパキと処置を施し「はい、終わりましたよー」と終了宣言。正味5分くらいだったのではないだろうか。ゆっくり起き上がり、狐につままれたような顔で「いやー、すごい体験をしたもんだ」と、ここ数分の出来事を振り返っていたら、先生が「このような処置をしました」と、ご丁寧にも真上から撮影していた処置の様子をモニターに映し始めた。「いや、とくにリプレイいらないんですけど……」と思いつつも最後まで見てしまい、上から下から、処置の様子を2wayで鑑賞する羽目になった。

伯父にこの体験を前もって話しようかとも思ったが、要らぬ不安を植え付けても良くないと思い、口をつぐむことにした。伯父ももちろんいい大人なので、処置椅子の上で少しばかり焦ったとしても、自制心でどうにかなるだろう。ちなみに、片目だと鍋までの距離感がつかめないかも、という配慮により、明日の夕飯はすき焼きからハンバーグになった。

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