明日は節分である。今年は例年より1日早く、2月2日が節分になるらしい。これは明治30年(1897年)以来124年ぶりのことだそうで、これまで「節分」というのは「2月3日」を指すと思っていた私はたいそう驚いた。調べてみると、節分とは「立春の前日」のことで、思ったよりずっと不確かな存在であった。さらに言えば、立春、立夏、立秋、立冬の前日と年に4回あるという。この辺の知識も完全に不足していたのであった。

さて、立春の節分、いわゆる我々が「節分」と呼ぶ日に欠かせないものといえば「豆まき」、そして近年では「恵方巻き」だ。私も節分には恵方巻きを作ろうと、桜でんぶやかんぴょうなどの食材をいそいそと買い込んでおり、準備は万端かに思われた。が、しかし。今朝になって急に「すし飯はどうやって作るんだっけ?」という疑問が湧いてきた。いや、私にだってご飯に酢と砂糖を混ぜるであろうことはわかる。しかし、問題はその分量だ。私はこれまでの人生ですし飯を一度たりとも作ったことがないため、ざっくりのイメージすら湧かないのだ。

うーん、まぁ、ネットで調べるか。と思った矢先、私の頭に「すしのこ」という単語と強烈なオレンジのイメージが降りてきた。そうだ、スーパーでよく見かけるアレ。太い黒の縁取りが印象的なイラストのパッケージ。あれはすし飯を作るためのものではなかったか。それならばむしろ、これを使えば早いのではないか。いやそもそも「すしのこ」とは何なのか。名前ばかりが先行し、中身に関しての知識はゼロに等しい。それに気づいた私は「すし飯 調味料」と検索しようと開いていたGoogleに、「すしのこ とは」と打ち込み、その正体を探った。

すると、すしのこの正体は「粉末すし酢」であり、「粉末のすし酢だから、あたたかいごはんに混ぜるだけで、ひとりぶんからでも手軽においしい酢めしがつくれ」ることが判明した(公式HPより)。さらには、世界で初めて食酢の粉末化に成功した代物だという情報も手に入った。私はこの情報を前に、はっきり言って驚愕した。あのレトロさ満載のパッケージに、日本人の研究魂がふんだんに詰まっているなんて。すし酢を粉末にしたいなんて考える国民は、世界広しといえどおそらく日本人だけだ。そんな超ニッチな代物を具現化してしまう粘り強さと信念を思うと、胸が熱くなる。

こうなったら断然、明日の恵方巻きにはすしのこを使うしかない。すしのこが入っていない恵方巻きなんて、どこを向いて食べようがただの海苔巻きだ。すしのこが入ってこそ、恵方巻きは恵方巻きとして完成するのだ。そうと決まれば早速、買いに行かなくてはならない。明日では間に合わない。こんなに素晴らしい代物だ、全国のすしのこ亡者たちによってもうすでにほぼ買い占められているかもしれない。こうしてはいられない、善は急げ、とばかりに家を飛び出した。

現在の住居の徒歩圏内にスーパーはいくつかあるが、まずは他にも合わせて買いたいものがあったため、手近なドン・キホーテに向かうことにした。これまでもドン・キホーテには足を運んだことがあり、それらしき乾物が並ぶ場所があるのは知っていた。そのため、店に着くやいなや、一目散に目当ての場所に足を運んだ。逸る気持ちを抑え、棚を上から順に確認する。海苔、かんぴょう、桜でんぶ……。間違いない、確実にこのコーナーだ。そこかしこから、すしのこの気配がする。頭の中にはくっきりとすしのこのパッケージが浮かんでいる。あの目にも鮮やかなオレンジのパッケージ……探せ。どこだ。どこだどこだどこだ……。

しかし焦る気持ちとは裏腹に、棚を上から下まで見回したところで肝心のすしのこが見当たらない。おかしい。気持ちが昂ぶって見逃したか?いや、あのオレンジのパッケージを見逃すはずがない、見逃せるはずがない。落ち着くんだ、もう一度棚を上から下まできちんとチエックして……。そうして、2周目の探索に入った私の目に飛び込んできたのは、空になったすしのこの棚だった。

……やられた。一歩遅かった。もうこの店はすしのこ亡者たちの毒牙にかかっていたのだ。

いや、そうだよね。すしのこも今が1年で一番売れる季節だもん。売上の8割方は今日だろうな、などと勝手な売上分析をして冷静ぶってみたものの、頭の中はもう「どうにかしてすしのこを手に入れたい」の一点張りである。いや、冷静になって原点に戻れば、すしのこがなくたって恵方巻きは作れるのだ。お酢と砂糖を混ぜればいいのだから。しかし、今朝からの流れで私はもうすしのこが欲しくて欲しくてたまらなくなっていた。先人たちの努力の結晶、すしのこ。今こそ、確実にすしのこの力が必要なのだ。すしのこを混ぜた恵方巻きを食べない限り、2021年の幸せは保証されない。

こうなったらもう、すしのこを手に入れるまで家には帰らないという徹底抗戦の構えだ。前述のように、我が家からは徒歩圏内に複数のスーパーがある。そこを1件1件、しらみつぶしに回ればどこかですしのこを捕獲できるはずだ。こうして「すしのこローラー作戦」を決意しドン・キホーテを後にした私は、ずんずんと街道を進み、家へと続く小道を通り過ぎ、2件目のスーパーに向かった。ここは小ぶりだが、品揃えは悪くない。調味料棚も確か充実していたはず。しかし、すしのこの確証があるかと言われたら自信はない。もしくは、多少レジが混んではいるが、品揃えが充実しているあっちのスーパーに行くか……?いや、イチかバチかここは賭けだ……。

そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか目的の小ぶりなスーパーまで後少しというところまで来ていた。そこで、入口付近にやたらと荷物が置いてあることに気づく。「あら、こんな時間に搬入してたっけ?」などと考えながらおもむろに近づくと、自動ドアには「改装中 2/5新装開店」との張り紙が。なんと、ここに来て想定外の改装中。すしのこの在庫確認どころか、店内にすら入れず。一体、すしのこはどこまで私を翻弄すれば気が済むのか。

ここで完全に頭に血が上った私は、もうすしのこ意外のものは目に入らない「すしのこゾーン」に突入した。どこだ、どこにいけばすしのこが手に入る…?考えるんだ、知識を総動員しろ。もう一つの系列店に行くべきか……いや、そこも品揃えはこの店と対して変わらない。空振りする可能性だってある。ネットスーパー……?いや、もう今日の明日では間に合わない……!考えろ、導き出すんだ、すしのこの先へ回り込め。すしのこを超えていけ……!

考えに考えた結果、私はその系列店ではなく、レジがやや混むという理由で敬遠していた一回り大きなスーパーに向かった。そこの調味料売り場は2階。エスカレーターで立っている時間すらもどかしく、もつれる足で調味料コーナーに向かった。そして……ついに見つけたのだ。念願のすしのこを。見つけた瞬間、私にはパッケージのオレンジが輝く金色にすら見えた。念願のすしのこをやっとこの手にできる喜びが足元から湧いてくる。吊り下げタイプのディスプレイから1つをもぎ取り、レジに向かい無事に購入した。

こうしてようやく、私の節分および、2021年の幸運は保証された。すしのこローラー作戦、ここに完遂。明日は目一杯の感謝とともに恵方巻きをいただくことにしよう。

ちなみに、2021年節分の恵方は「南南東」だそうです。

やっとの思いで手に入れたすしのこ。値千金。

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