カンカン照りの太陽の下をバイクで走ること約3分。「ここよ」と、彼女がバイクを止めた家を見て、それまで頭に渦巻いていた「家の中に怖い人が潜んでいるかもしれない」「そのまま監禁されたらどうしよう」という考えが杞憂だったことを一瞬にして悟った。彼女の家は東南アジア特有の、壁らしきものがない、外からも家の中が見えるようなオープンな作りだったのである。木を組み合わせて作った高床式の、非常にシンプルな家。人が隠れるとか誰かを閉じ込めるとか、そんなことはそもそもできそうにない。

彼女に連れられて家の敷地に入ると、若い女性と目が合った。ミャンマーの「ロンジー」という、ロングスカートのような民族衣装を身に着けている。クセで思わず会釈すると、女性は目だけでふんわりと笑った。彼女の姉かと思ったが、もしかしたら母親かもしれない。さらに無人と思われた家の奥にちらりと目をやると、年端も行かない男の子が仰向けで気持ちよさそうに眠っていた。さっきまでの心配事はどこへやら。それだけで、もうすっかり安心してしまった。

失礼にならないように気をつけながら辺りを観察していると、「これよ」と彼女が木の棒を取り出して見せてくれた。一見するとただの木の棒にしか思えない代物だ。「これがタナカ?」と尋ねた私に「そう、これ」と答える彼女。「これを、どうするの?」「こうするのよ」。彼女はまな板のような木の板にペットボトルで水をかけ、タナカをゴリゴリとこすりつけ始めた。すると、水がだんだんと白色に変化する。そうか、これが彼女が言っていた「木と水を混ぜて作る」という工程か。感心していると「はい、出来上がり」と彼女が手を止めた。

「こんなの初めて見た、すごいねぇ!」。興奮する私に彼女はにっこりと微笑み、「塗ってあげるよ」と私の頬に指でぐるぐるとタナカを塗ってくれた。タナカが肌についた瞬間、その部分がミントのようにスーッとした。両頬にタナカを塗って彼女とおそろいになった私は、なんだかものすごく彼女に親近感が湧いて「一緒に写真を撮って」とお願いし、セルフィーで2ショットを撮影した。さらにちょうど寝ていた男の子も起きてきたので、彼の写真も撮らせてもらった。彼は恥ずかしがりつつ、めちゃめちゃいい笑顔でカメラに収まってくれた。

その後、ほどなくして「じゃあ、行こっか」と彼女は私をまたバイクの後ろに乗せ、元いた場所まで戻ってくれた。彼女は純粋に、タナカに興味を持った外国人にその作り方を教えてくれただけだった。行きのバイクの後ろで猜疑心丸出しだった自分をものすごく恥じた。

彼女はいま元気でやっているだろうか。弟はもう大きくなったかなぁ。ここ最近、そんなことをしみじみ考える機会が増えた。

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